2006年02月24日

最後のカウンセリング 12月27日

随分と更新が遅くなってしまいましたが、
カウンセリングは12月27日で最後になりました。

カウンセリング当日の朝も
「元気になってきたしそろそろ終わりにしないと・・・」と
思いながらも、終わることに不安もあり。
という状態でした。

私の場合、市からの助成を申請して通っていたので、
母子家庭ということもあってか、病院代が少ししか
かからずにすんでいました。

だからこそ、だらだら受けているのもよくないとも
思っていました。

そして、実際にカウンセリングが始まって、
自然に今回で終わりという方向になっていきました。

カウンセリングの先生は
「いいときに来られましたよ。2月からは制度が変わって、
カウンセリングにも患者さんに費用負担がありますから。」
とのこと。

自分ではこれでよかったという気持ちだったのですが、
やはり心細い気持ちもありました。

今まで親や他人の価値観に振り回されてきた自分だけど、
これから自分の価値観でしっかり生きていく・・・
それは、カウンセリングという非日常の空間だけでは
できないこと。
普段の自分のフィールドの中でやれて初めて
自分の力になる。

そう言い聞かせながら不安を抱えつつ、
病院から駅までの道を歩いていました。

でも、家に帰るときには
すごく元気になっていました!

帰り道のささいなことが元気をくれたからです。




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2005年12月25日

8,9回目のカウンセリング

11月29日と12月14日とカウンセリングにいきました。

この頃にはいつこのカウンセリングをやめるか・・・というのが、
自分のなかでテーマになっていました。

最初に診察したときに比べると、本当に元気になったので
この場所から卒業しないと・・・、杖なしで歩かないと・・と
思ったのです。

なので、今までのカウンセリングのように自分の心のうちを
話して聞いてもらうというより、これからもっと楽に生きるために
どうしたらいいか?がテーマになってきました。

今までカウンセリングを受けてきて、
「心のなかの現実と客観的な現実」のギャップが
悩みをつくるひとつの原因であると気づいたのですが、
実際に自分でそのようなことが起こったとき、どうやって
自分で気がついて修正できるか?と聞いてみました。

その病院では「内観法」というのをやっていて、
「自分がしてもらったこと」
「それにたいして返したこと」
などを遡ってみていくのだそうです。
結局、カウンセリングもこの内観法にそって
やっているようなものだとも言っていました。

そして、もうひとつは私の2人姉妹の姉とのこと。
仲が悪くはないけれども、なんとなく友達のように
しっくりとはこないのです。
身内だから遠慮や配慮がない・・というのもあるかもしれません。

姉はソフトにみえるけれど、中身はどーんとして
自分を疑わないタイプ。悩んでも3秒で切り替えてしまうような
ところがあり、もともと素直で、自分がいいと思ったことは
どんどん人に主張する性格。

雰囲気は私と似てるといわれるのですが、
中身は正反対です。
私からすると、ちょっとしか知らないことを
人に「こうだ!」とよく言えるものだな・・・と
思ってしまうのですが。

そんな話しを先生にすると、
「それはね。タイプが違うんですよ」

人には大きく分けると
「TRY&ERROR」と「OBSERVER」のタイプがあるそう。
姉は前者で私が後者。
前者のタイプは「体験して覚えるタイプ」
後者は「情報を集め検証するタイプ」なんだそう。

だから、私からすると
「よく知らないのにこれが一番みたいな
言い方して・・・」と思うし、
姉タイプからすると、
「ごちゃごちゃと面倒なこと言って・・・」と思うらしい。

「TRY&ERROR」はなにしろ自分の体験で覚えていくので、
人から言われても聞かないし、自分の体験が正しいと思いがち。
要は、自分がそうなんだからみんなもそうだろうと
思う。

「OBSERVER」はいろんな情報を集めて検証しているので、
自分の意見も沢山あるなかの一つというスタンスをもつ。
逆にそれ故に行動できない傾向がある。

「姉に対して、よく知らないのにこれが正しい!という言い方をどうしてできるのか?と思ってしまうんです。こういう考えも、こういう意見もあるけど、私の意見はこうだ・・と言うのならわかるんですけど。」と私がいうと、
実は心理士の先生も「私も実はお姉さんと同じタイプなんです。」と
具体的な経験を交えて話しをしてくれました。

「「TRY&ERROR」タイプは「OBSERVER」タイプの人間に見えているものが、
見えていないんですよ。
だから、「TRY&ERROR」タイプの私は人の意見を聞いたり、いろんな方向から考えるように意識的にしています。」
とのこと。

「「OBSERVER」タイプのあなたが、お姉さんと話してなにかしっくりこないと思っていても、
きっとお姉さんははそれを感じていない。あなたがどうせ話を聞かないからと、自分の意見や思っていることを伝えないのでなにかモヤモヤしたものが残るんです。もちろんアサーションのように言い方がありますけどね。」
ということでした。

この話しを聞いて「なるほど!」とちょっとすっきりした私。

そして、話しながら気がついたことがひとつ。
きょうだいが2人のせいか、いつも比較されてきたように感じていたのですが、
妹の私は3つ上の姉と張り合っていたので(笑)、どこかでいつも負けていて、
姉のほうが上というのが心の底にあったようです。

だから、姉だから自分以上にわかっているはずと思っているからこそ、
客観的に姉の意見を聞けなかったと気がつきました。

姉の意見が偏った主張に思えるときも、なにかもや〜としていたのですが、
それは違う方向からの見方や考えを知らない・・・と私が理解できると、
随分と楽になりました。

そして、姉との関係を通して、私が苦手とする「自分が正しいと思ってるタイプ」
のことも理解できそうです。

からまった毛糸がほぐれた気分でした。

2005年12月05日

第6回、7回のカウンセリング

11月8日、16日とカウンセリングをうけました。

9月の終わりに診察を受けてから、随分と元気になりました。
先生にも、「本来の元気さを取り戻したみたいですね。
いい顔になりましたよ。」といわれました。

親との関係もよくなってきて、
親以外の人との関係も、正直楽になりました。
「何か約に立たないとならない」とか
「ちゃんとしないとならない」とか
「嫌われないように」とか思わなくなってきたので、
ありのままでいられるようになってきたように思います。
もちろん、少しずつですけどね。

自分の心ひとつで随分違うんだな〜なんだなとつくづく思います。

さて、6,7回目で最初に薦められたアサーショントレーニングを
少し勉強しました。

これは、コミュニケーションや自己表現についてのスキルなのですが、
これからの人間関係にも約に立ちそうです。

私の場合、自己主張が強くて人の話を聞かないタイプが苦手で、
そういうタイプといると、なんかもやもやした気持ちに
なるのですが、それがなぜなのか、どうしたらいいのか
客観的にわかってきました。

親子関係でも夫婦関係でも、もちろん職場や友人関係でも
人とのコミュニケーションがあるところには、
アサーション的視点をもつことで、冷静になれるし、楽になるように思います。

私が心理士の先生に進められたのは、
アサーショントレーニング 平木典子著

アサーショントレーニングって???の私でも
とてもわかりやすかった本です。

アサーショントレーニングを知って、気がついたことが
沢山あるのですが、それはまた今度書きたいと思います。

ところで、カウンセリングのときに先生に正直にこう言いました。
「正直、すごくそうか〜〜!と気づかされたり、納得!!したりという
ことはなかったのに、気がつくとなんか変っていたんですよね。不思議です。」と。

先生がおっしゃるには、最初に話しをしたときから、大体のシナリオというのが
あるのだそうです。
道筋の大体の見当をつけて進めているのだそうで、もちろん最初の見当が
違うときには、その都度修正をしているのだとか。
ということは、最初からゴールは見えているということなんですよね。

私は、話したいことを何にも考えずに話していただけなのに、
ちゃんとシナリオにのせられていたのか〜〜と思うと、
ちょっと悔しい感じも・・・(笑)

そして、次の課題は、いつこのカウンセリングから卒業するか・・・。

精神科の先生は、うつの場合は仕事に復帰するときも、最初は
時間を短くして、だんだんなれていくように進めていますと
言っていました。
正直、このように遠慮なく自分のことを話せる場所がなくなることに
まだ不安がすこしあります。

心理士の先生もその辺は特に強制するわけでなく、
私の判断に任せるという感じです。

私自身はもう少しすれば、もう終わりと思えるような気が
しているので、もうちょっとだけお願いしようと思っています。

それまで一週間に一回だったカウンセリングも、今度から2週間に一回に
することにしました。

11月29日が8回目のカウンセリングです。

2005年11月04日

書物占いならぬ書店占い

書物占いって知ってますか?
鏡リュウジさんが監訳の「魔法の杖」の本が結構知られていますよね。
質問を思い浮かべて、本を開く。
そこに、質問の答えになるメッセージが書いてあります。

私はすっごい占い好きなのですが、
これはたまに、ここぞという時限定で
やっています。
不思議にピンとくるメッセージが書かれています。

以前、ある人がそんな本なら誰にでもかけるんじゃない?と
言っていましたが、似たような本がいろいろでていますが、
なぜか私の場合はこの「魔法の杖」じゃないと
ピンとこない。
なんでしょうか、相性みたいなものかな?
占いだって、占い師との相性もありますよね。

それとはちょっと違うのですが、本屋さんで
占いめいたことをすることがあります。

なんとなく引かれる本を手にして、
ぱらぱらとめくって見たい所を読んでみる。
なるべく、頭を使わずにやるのがコツ。

たいていその時自分が求めている内容が書いてあったりします。
何冊かやると、同じようなことをいろんな角度から
伝えてきているかのごとく感じることがあります。

先日のカウンセリングの帰りも書店に寄って何気なく
私流書物占いをしてみました。

一つ目はなにかの雑誌だったのですが、引かれたのは
かの国民的美少女といわれた「後藤久美子」のページ。
以前よりも輪郭がはっきりとして、もっと強烈に
オーラを発しているようなカンジでした。
そして周りに漂う幸福なエネルギー。

あれだけ騒がれていた彼女ですが、自分の中で
大切に思うことを流されずに貫いて生きている。
自分のもっとも大切なことが、ちゃんと自分の中心に
あるということは、こういうことなのか〜〜と
感嘆せずにはいられませんでした。
そして、私は今まさにそれをやっていこうと思っているところ。

類まれな美しいビジュアルを持つ後藤久美子の内面は
外側のそれに負けず劣らず、強い。
私があんな美人に生まれてきたら、めちゃくちゃ外見に
頼った人生になっていたこと間違いなし。
あっぱれ!後藤久美子。

もうひとつは
恋愛について、話しました」という
岡本敏子さんと吉本ばななさんの対談集。

吉本ばななさんの小説は大好きなのですが、
実は私「岡本敏子」ってだれ?
なんで、ばななさんが結構なお年の方と「恋愛」の話しなの?
と思いつつ、気になって手にして、そして・・・
が〜〜んとやられました。
立ち読みだけではもったいないので、即お買い上げ(笑)

岡本敏子さんというのは、あの岡本太郎氏の秘書として50年
創作に立会い、岡本太郎記念館を設立して理事長をされていたお方。
戸籍上は岡本太郎氏の養女らしいのだが、それ以外の岡本太郎氏の
背景はわかりません。

それよりも、岡本敏子さんの考え方、純粋さはすごい。
常識とか人の思惑とかその辺のごちゃごちゃしたことなんか、
すこーーーんと突き抜けてる感じです。

こういう人の前では、
人の目を気にせずとか
自分なりで生きていくとか
言っていること自体、ちっぽけだわ〜〜と
思ってしまいます。

そして、突き抜けた考えを読んでいて、
普通とか常識では後ろ指さされるかも・・・な意見に
「そうそう!」ってすごく思うところがある。

もともと私はこういう考えだったんだ!と、
何にもとらわれていない懐かしい自分に会った気さえしました。

これから岡本太郎&岡本敏子さん研究にはまりそうです。

読書の秋は続く・・・。







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2005年11月02日

第五回目のカウンセリング

初めて心療内科での診察を受けて約一ヶ月。

たった一ヶ月なのに、すごく長く感じます。
そして、随分と落ち着いて自分にチカラが戻ってきたなと思います。

昨日のカウンセリングで、そのことを先生にまず話しました。
数回のカウンセリングですが、自分では最初から自分をごまかさないで
正直に話しをしようと思っていたし、自分をガードしようとは
思っていませんでした。

毎回私としてはまとまりなく話したいことを話したり、
質問に答えたりしただけでした。
それを先生が受け止めてくれ、そこに、ちょっとだけ違う視点を持つ
ヒントを投げかけてくれていたように思います。

「そうだな、そんな見方もあるな・・・」とそれを心に
留めておくと、徐々にそれが消化されて自分のものに
なっていくような感じでした。

初めて診察を受けたときの、親に対する思いは随分変ったし、
親が自分の子供へ接している様子などをみて、自分の子供時代の
傷や思いと重なってつらく思えたりすることなどは、
なくなってきました。

「親と自分」の関係のなかでの自分の役割(結局
子供のときに自分でつくったものですが)から、やっと
本当に抜け出せたかも・・と思います。

「親と自分との関係のパターンは、他の人間関係のなかでも
同じパターンになりやすいですよね?」
と質問をすると、先生はうなずいて、
「そうですね、私の大学院での研究テーマもそれだったんですよ」
と話しをしてくれました。

自分が少しかわって、親との関係も楽になると、他の人とのかかわりも
楽になったような気がします。

なんで、そういう変化が現れたかというと、やはり
「子供のときのものの見方にしばられなくなった」というのが
大きいと思います。

このブログでも自分はアダルトチルドレンではないかと書きましたが、
今までいろんなアダルトチルドレンの本を読んだりしたなかで、
すごく当てはまるし、すごくわかるところがある!と思ったからです。
でも、アダルトチルドレンというのは病気ではなく、
病院でも特にその言葉を使われたわけではありません。

病院の先生によって捉え方とかいろいろあるのだと思うのですが、
私の病院ではアダルトチルドレンというのはあまり、特別に
扱ってはいないように思います。

自分なりに、そういう自分を理解して、自分がもっと楽に自然に
いられるよういろいろやってきたつもりでしたが、
なかなかそこから抜け出すことができずにきました。

カウンセリングでは、はっきりいって「そうか〜〜!!」みたいな
感動と気づきがあったのではないのですが、何がどう作用したのか、
気づくとなんか楽みたい・・・ということになっていました。

自分の体験と、その先生の研究の話しを聞いて、
「子供のときの未熟な見方による幻想・・・いわば勘違い」というのが、
アダルトチルドレンの原因のひとつのようです。
というか、「ほとんど勘違いが多いんですよ」とおっしゃってました。
もちろん、本当に虐待などがある深刻な環境の人や先天的な病気は別ですが。

子供の頃につくった「心の中の現実」は、本当の現実とは別のもの。
「心の中の現実」は、ある意味本当の部分もあるのですが、それだけではない。
もっと大人の広い視点からみると、違うところも沢山ある。
そして、子供のときの現実だって、時間の経過と共に変っていくものです。

それに気がついたのが大きいのかもしれません。
いえ、それには気がついていても、整理ができず、
深いところで受け入れていなかったのだと思います。

小さい子供の自分が、実はすごく抵抗しているような感じで。

自分が落ち込んでどん底のときに、
「アナタがこだわっていることは、もともと勘違いなんですよ」
なんて言われたら、受け入れられなかったと思うし、
すごく腹立たしい気持ちだったと思います。
「全然わかってない!」って。
「そんな風に言われても、自分でどうにもできないからつらいんじゃないか!」って。

確かに、「心の中の現実は幻想」という考えを受け入れるのは
つらいものです。本当に。
だって、その「心の中の現実」で今の自分ができているわけですから。
それを否定することは、今までの自分を否定すること。
いわば、こころの基本の柱や、自分なりの価値観を崩すことになるわけです。
よりどころを失うことにもなるんです。

私の場合、既にいろんなものが崩れて、なにもかも0という状況
だったので、案外すんなりそのトンネルを通過できたのかもしれません。
初めての診察のときは、もう自分が消えてしまいたい・・・くらいに
なっていましたから、逆に言うともう失うものはない訳で、
なにもないというのはある意味強みだったんだと思います。

アダルトチルドレン状態から抜けだせそうなところに、
自分がいることで、自分の子育てにも安心感がでてきました。

ところで、カウンセリングのなかで
「やっぱり、答えやマニュアルを求めるんですね」と
また言われてしまいました。

自分なり、自分の枠をつくること。
常識や人の意見に左右されず、ながされずに。

この年になってこのテーマですが(苦笑)、
今までの経験があって、やっとこの位置に立てたと思っています。

今は素直に、両親や支えてくれている人たち、
今までかかわってきた人、友人達、そして子供達・・・のおかげで
ここに自分がいるんだって思えて、ありがとうって思います。

そして、このブログを読んでくださった方にも、
取り留めのない話なのに、読んでくれてありがとう。

2005年10月31日

離婚後の夫婦

先日、パパと子供達をあわせるために、飛行機に乗って
お出かけした。
着替えやらの子供達の荷物一式は、何しろ5日間分なので、
先に宅急便で送っておいた。

そして今日、その荷物を元夫がまた実家に送り返してきた。

荷物をあけると、新しいおもちゃと絵本が入っていた。
きっと元夫が子供達に買ってあげたものだろう。
掃除はしないが、整理整頓は好きだった元夫は、
子供達の服も丁寧にたたんで、ダンボールの中に
整然といろんなものをつめて送ってきた。

きっと、荷物をダンボールに詰めながら、
子供達と一緒に過ごした楽しい時間や、
一人でいる孤独感、
離れているからこそ募る子供達への思い・・等々で
一杯だったんだろうな、と思った。

ダンボールのなかに、そんな思いまではいっているような
気がした。

子供達とパパは丸二日間ずっと三人一緒だった。
仕事は一切なし、ひたすら子供達と過ごすために作った二日間。
遠く離れているので、半年に一回くらいのペースでしか
あわせてあげられないが、一緒の時間は、純粋に子供のための
濃厚な時間。

一緒に住んでいた頃、一日一分だって子供にちゃんと心を向けられない日も
あったりした。
逆に子供達をうるさがることもあった。
特に元夫は、仕事で大変なことの連続だったということもある。

だから、ちゃんと気持ちを子供達にむけて一緒に過ごすという時間が
できてよかったと思っている。半年に数日だとしても。

一緒にいても、半年なんてあっという間。
確かに、すぐ側にいるというのは大切だし、
自分を取り巻く空気にパパの存在があるというのは
きっと、記憶とかじゃなくてもっと深く影響を
与えるものだと思う。

だけど、ずっと一緒にいても、こんな和やかな時間は
なかったのではないかと思う。
むしろ、子供達には見せたくないものばかり
見せることになったと。

離婚するときにお互い争いあって、大変な思いをして
わかれる夫婦もいるが、私の場合は、話し合って
納得してわかれた。

いろんなことがあったとはいえ5年も一緒にいた人、
そして子供達のパパであることは変わりない。
一緒にいて、あまり頼りにできなかったがゆえに、
自分が鍛えられたという一面もある。
そして、元夫も感情的な面もあったが、基本的には
いいひとだった。
離婚話をするときには、相手への怒りなどは通り越していた。
変な言い方だけど、今の自分にできることは精一杯やった。
けど、だめだった。
というような、あきらめのような、とにかく終わったんだという気持ち。

だから、きれいごとといわれるかもしれないが、
今までありがとうと言って最後に握手して別れた。

そして、これから離れていても子供達のパパとママとして
育てる気持ちは同じだった。

今回元夫とも、近況や子供達のことなど、いろんな話をした。
友人としてなら、いい距離を保っていられるし、
お互いに相手を尊敬していられる。
やっぱり、自分達にも、子供達にもこれでよかったんだと思った。

お互いにあまりに違いすぎるので、ひとつの箱には収まりきらない
だから、箱が壊れてしまう・・・という相性だったんだなと
改めて思った。

こういうことを言うと、子供がかわいそう!子供がいるのに甘い!
とすごいお叱りの意見をうけることもある。

でも、そうだろうか?
無理やり一緒にいて、全然幸せそうじゃなくて、生きることは
あきらめること、みたいな姿を子供にみせることになっても
ひとつの家族にこだわるべきなのか?
あの時の私は、こころから幸せとは思えなかった。
うまく切り替えて、感謝や幸せを感じたり、
そういう気持ちで日々を過ごすことはできなくなっていた。

私は、表面上をどんなにとりつくろっても、
子供のまっすぐでピュアな心には、その背後にあるものが
必ず伝わると思っている。
私がそうだったから。

子供達はいわゆる普通ではない家庭で育つことになる。
パパと会う時間が楽しいほど、さびしい思いもすることになる。
いつか、子供達の不満や我慢が爆発するときもあるかもしれない。
そのときは、親として、人として全身全霊で受け止めるつもりでいる。

そのためにも、自分で選んだことに誇りと責任をもって
しっかり生きていたいと思った。


・・・ちょっとシリアスすぎかな?

posted by rara at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日

カウンセリングの面白さ

実際にカウンセリングを受けるまで、心理学の本を
読んだりしたこともあり、なんとなくカウンセリングって
こんなものというイメージがありました。

話しをすることで、自分が自分を整理したり、気がついたり
する作業なんだと。

実際にカウンセリングを受けてみて、それはある意味当たっては
いるのですが、それだけではない・・・という気がします。

改めて気がついたことではないのに、口に出して話しをして
誰かに(カウンセラーさん)に受け止めてもらう
ことで、なにかが起こる・・・というような感覚です。

日記を書くことでも心が整理されたり、違う見方ができるように
なったりもするものですが、人と話す、特に相手にしっかり
受け止めてもらうと、その瞬間から見えないところで、
何かが動きだすように思えます。

確か3回目のカウンセリングで、
「あなたのご両親が、あなたのお子さんに対して
傷つけるような態度をとったときに、あなたが守ってあげれば、
いいのではないですか?」といわれたことがあります。

その時の私は、「言っていることはわかるけれど、
自分の子供への接し方がそもそもどうすべきなのか、
さっぱりわからなくなっていて、両親の子供への接し方も
いいのか悪いのかさえ、判断がつかない・・」ということを
言いました。
守るもなにも、それ以前に判断することが自分にできないと。

でも、その先生の意見はずっと心の中にひっかかっていました。
いい意見だからそうしてみようとも、
自分にはできないから無視しようとも、どちらでもなく
頭の片隅にある・・・というような感じで。

その時となにか変った気は自分ではしないのですが、
昨夜ひとつの変化に気がつきました。

最近なかなか言うことを聞かない長男。
口答えや乱暴な言葉使いがだんだん多くなってきています。

私の父が昨日は保育園まで迎えにいってくれました。
そして、夕飯のとき、またご飯の最中に遊びだした長男を注意しても
聞かないので、こう言っていました。
「今日おじいちゃんは、先生に○○(長男の名前)は家ではこんな悪い言葉を言ったり、
言うことを聞かなくて、すごく困った悪い子だと言っといた。それにお前は一人で
遊んでることが多くて、もっと元気をだしたほうがいいと先生も
言ってたぞ」

それを聞いた長男は、明らかに傷ついた表情をして泣きながら怒って、
お皿をひっくりかえしてしまいました。

結構人見知りで、やっと保育園にもなれ友達もできてきて、
楽しくなってきたところの長男。
私から見て、彼なりに本当によくがんばってきたと思います。
離婚して、引越しして、今の保育園は3つ目。
周りはもっと前から同じクラスでお互い知っている同士のなか、
入ったクラス、そして、今までとは違う大きな保育園の独特の雰囲気。
最初の頃の毎日不安げにいってらっしゃいをする表情は今でも
忘れられません。
でも、最近は登園すると友達と話したり、やっとのびのびと
してきたところで、子供の成長を本当に嬉しく思っていたところだったのです。

昨夜のおじいちゃんの発言に傷つく長男の気持ちはすごくわかりました。

でも、ちょっと前の私なら、そういう発言をした父に対して、
自分の子供のときの姿が重なって、すごく嫌な気持ちになったり
していたのですが、昨日は違っていました。

長男の傷ついた心を、ちゃんと受けとめてあげたい・・・という
気持ちだけでした。

子供の繊細なこころをわからない父に、不思議と怒りは感じませんでした。
長男を抱っこしながら、「○○はとってもよくがんばってきたし、ちゃんと
ママも保育園の先生もわかっているよ。○○のたくさんのいいところも、
ママもパパもおじいちゃんもおばあちゃんも、保育園の先生も本当は
わかっているからね。みんな○○が大好きなんだよ。」と言うと、
長男も落ち着いて、またご飯を食べだしました。

自分が守ってあげれば・・・ってこういうことなのかな?と思いました。
カウンセリングの最中は、そんなのどうしたらいいのかもわからん!と
思っていたけれど、実際に子供の表情などを見ていて、
自然に体が動くような感じでした。

わからないし、できないと思っていたのに、
なにがどう変ったのかわかりませんが、
なんとなくできそうになってる。

カウンセリングに行き始めて、取り立てて大きな変化は
感じてはいないのですが、意識下ではきっといろいろ
変化しているんでしょうか。

なんでしょうね、カウンセリングって。
不思議だなあ。
自分の問題を解決したいのが一番の目的ですが、
なんでカウンセリングが人に変化をもたらすのか
すごく知りたいなって思います。

ま、こうやって突き詰めて考えすぎるから
悩みの多い人生なんですけど(笑)




posted by rara at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月28日

第四回目のカウンセリング

昨日、4回目のカウンセリングに行ってきました。

カウンセリングの前々日まで、子供達をパパと会わせるため、
5日間ほど実家を離れていました。
子供達をパパに託して、私は丸2日間の自由時間。
実家では子供達を親に預けることはほとんどないので、
朝から晩まで24時間、完璧な自由時間です。
目一杯、会いたい人にあって、リフレッシュしてきたところでした。

カウンセリングは、前回のカウンセリングででてきた、
「唯一の正しい答えを求めるのは、なぜなんだろうね?」
という質問から始まりました。

実は、前回のカウンセリングから、すこしずつ自分に変化が
でてきていました。
いつも、何かをするときに「これでいいのか」
「もっといい方法があるのでは・・・」という小さい疑問が
かならず付きまとっていたのですが、
そういう考えがでてきたときに、なにかを求めるのではなく、
「これでいいのかも・・・」とその都度思うようにしていました。
この積み重ねが、私のテーマ「自分なり」「自分でつくる枠」に
なっていくのかなという気がしました。

本当に小さな積み重ねです。
そのことを先生に話しをしました。

そして、5日間でも実家を離れていたことで、自分の状況が
よく見えてきて、自分を支えてくれている人達がいること、
特に両親には本当にありがたいな改めて思えるようになりました。

なにより、よかったのは、家族の姿を冷静に見ることができたこと。
自分が子供の頃感じていた、見ていた世界は、あくまで幼い子供の
視点だったし、両親の関係も時間と共に変っていくこと。

我慢をしているお母さんがかわいそうで、「自分が役に立たないと」
「自分がなんとかしてあげないと」と思っていた幼い私。
愛されているという実感をもてなかったため、親が求めるいいこになろうと
自由にできなかったこと。

実は去年実家に帰ってはじめて、子供のときの考えが、まだまだ自分の中に
強く残っていて、影響を与えていたのだと、気がつきました。

そのままの自分では、人から受け入れられない、愛されないと思っていた自分。
カウンセリングで離婚のことも話しをしたのですが、大雑把にいうと、
結局そういう考えなので、相手のために・・・と我慢しすぎたことがダメになった
原因だったということも話しをしました。
そして、人間関係のなかでの居心地の悪さも、同じところからきているということも。

カウンセリングの中で、自分の考え方の基本の部分は、小さい頃から作られていて
それは、家族との関係のなかで主に作られてきたもの。
だけど、その家族像は幼い自分がみた、いわば幻想のようなものだった。という
話しになりました。

(幼い私から見て)弱くてかわいそうだった母は、冷静に大人の自分が考えると
弱いところだけじゃなく強いところもあったし、「子供がいるから○○できない」と
母が言っていたとしても、本当は子供の責任ではまったくなくて、
本人が選んでいたということ。
そして、夫婦も時間と共に変っていて、父のわがままを我慢していた母は、
いまや逆転して父に言いたい放題。

子供の幻想の中で作られた価値観。
それが私の基本だったかと思うと、「今まで私は何をやってきたんだろ」って
むなしい気持ちにもなりました。

先生は「その中で、あなたに養われた人を気遣う気持ちとか、思いやりとかが
あるはずで、全然無駄なことではないんですよ」とおっしゃってくださいましたが。

30代も後半になって、やっと幻想をぬけだして、自分なりの道をつくろうと
している私。
この前から読んでいる本に、昔の人に比べると、最近は年齢に比べると中身が
10歳若いというか遅れていると書いてありました。

多分私はそれに遅れることさらに10年。
ということは、私は中身は10代後半くらいなんだなって、思うことにしました。
「なんだかなあ。」と思いますが(笑)

カウンセリングはまた来週です。






2005年10月19日

カウンセリングは日常もつづく・・

これまでカウンセリングを受けてきて思うのですが、
カウンセリングが終わってからも、それが続いていると言うこと。

たとえば、道を歩いていても、料理をしてても、
何かをやりながら、ふっとその時のやりとりを思い出して、
こんなことも話してたな〜と思います。

記憶によみがえってくると、自分の話していたことを
より引いて見られるので、話しをしていたそのときよりも自分のしていること、
心の持ち方、考え方がよく見えるような気がします。

あの時、先生はわざとああいう意地悪な言い方をしたのかな〜とか
ちょっと裏もみえてきたりして(笑)

カウンセリングで具体的に何を話したのかは、
2日もたっちゃうと、結構忘れていたりします。
こうして日記を書いているから、そういえばそんな話したな〜と
思い出せますが。

でも、その反面あとから思い出して、じわじわ聞いてくるようなやりとりも
あったり。
話しをして、意識の上に持ってくることで、なんらかの変化が
起こるような感じです。
本当に微妙な変化ですが。

こういう積み重ねが、気がつくといつの間にか、変化につながるのかな〜という
気がしました。

一気に変った〜〜!みたいのは、結構一時的なものが多い。
だけど、自分でもわからないうちに、実は変化してて
ある時気がつくと・・・というのが、私の今までの経験上
確実だったりします。

と、わかっていても、あせったりしてしまうんですけどね。


ところで、今日は一番の親友と子連れで遊びました。
離れているので、ちょくちょくは会えないけど、きっと
これからもずっと友達なんだろうな〜という一番信頼している友。
診療内科にかかるということも、彼女にはなんの抵抗もなく
話せます。

結婚した年も同じ、しかもだんなさんと私の元ダンナの誕生日も同じ日。
そして、ダンナさんの性格もか〜っとしやすかったり、
わがままなところは元ダンナとそっくり。

でも、彼女はいつも楽しそうなんです。
自分の幸せは自分でつくりだしているというか。

相手がいくら(理不尽に)怒っても、「ごめんごめん」と言葉で言いつつ、
あらら、こんなに怒っちゃって〜〜〜と心のなかでべーをしてたり。

人に振り回されない。
自分の心地よい範囲をしっている。
自分に無理がかかるときは、ちゃんと相手に伝えることができる。
世話焼きなのに、全然恩着せがましいことがない。

とっても自分のことをよくわかっていて、
自分が楽しく過ごしていることで、
まわりもその楽しさにひきこまれていく。

今日も彼女といることで、沢山元気をもらいました。
いつも、本当にありがとう。

さて、私は明日から数日間、子供達をパパに会わせるために
遠くまでお出かけです。
なかなか会えなかった友達にも会える予定もあり、
楽しみです。

友達と会うこと、ひととつながっていると思うことは、
本当に嬉しい。安心します。
人はもともと孤独だし、それを受け入れて、孤独と付き合っていくしか
ないんだな〜と思っていても・・・。

一人の時間がないと生きていけない。
けど、誰かとつながっていないと生きていけない。

わがままな生き物ですよね。
みんなそうなのかな・・・。








posted by rara at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月18日

第三回目のカウンセリング&診察

今日は三回目の心理士の先生とのカウンセリングと、医者の先生の
診察の日でした。

カウンセリングが先だったのですが、前回からすぐに続きという感じで
始まりました。
気がつくと、話は私の子育ての考えと、親の考えとがあわないこと。
今の私は自分に自信がもてないため、親の価値観などを押し付けられると、
何を大切に子育てをすべきか、わからなくなって迷っていること。
子供を育てるときに、自分を子供と重ねて、自分のようにしたくないと
思っていること。
など子育てにかんすることについて話していました。

そして、なにをやっても、満たされない、自信がつかない自分。
マニュアルがないと不安で、自分の考えだけではダメだと思っていること。
話しをしていると、自分が自分自身のことも、両親のことも
悪いところばかりみているんだと、つくづく嫌なきもちに
なってきました。
すごく自分が嫌な人間に思えて。

それを、伝えると、
「今は悪いところに焦点をあててカウンセリングしているから
そう思えるのはわかります。
今まで見てこない部分を見ようとしているのだから
それは仕方がないんですよ。
今が一番つらいときだと思いますよ。」
とのこと。

そして、一週間に一回というのは、結構早いペースなのでしょうか、
「急にやまを越えようと、わざとそうしてます。
それは患者さんの健康度をはかってやっていますから」
ということでした。

自分には土台も、柱もない。
それは、いつまでたっても自分のなかに「できている」とか
「自分はやった」という感覚が積み重ならないからなんだなと
思いました。

いつも「自分はだめ」という結論がさきにあるので、
何をしても、どこまでできたとしても、
「だめだ」という結論をだすための考え方をしているのが
今の自分なんだと。

そして、「一番正しい」という答えを求めすぎる自分。
一番正しいことがわからない、もしくはできないから
自分はダメと思う短絡的な思考。


「一刻もはやくこんな自分を変えたいんですけど・・・」と言うと

「少しずつ、自分なりという自分の枠をつくって
いきましょう。」と言われました。

のんびりな割りにせっかちな私ですが、
こればっかりは、急いでもどうしようもないんでしょうね。

今まで仕事だったり、友人関係だったり、結婚だったり
母としての役目だったり・・・その中で自分の居場所を
見つけたつもりで安心してきた自分。

何の根拠もなく、自信を持っている人とか、
安心感を持っている人とか、あっけらかんと
屈託なく自分を出している人とか、
すごくうらやましかった。
いつも、不安があって、人の目を気にする自分だったから。

これでいいんだと心の底から思えたら、
本当にいいな。本当に楽になると思います。

ところで、カウンセリングも三回になると、
いろんな話しをします。
でも、もう一歩核心に近づけずにいるような感じがしていると、
先生も「どこを糸口にしようかと、正直なところ
まだぼんやりとしか私も見えていないんですよ。」と
言っていました。

自分と親との関係
自分と子供との関係
自分の未解決の問題
離婚の問題
など、いろんなテーマがありすぎて、
私もとりとめなく話しているからというのもあります。
心理士の先生は、基本的に話しをさえぎらず、話したいように
させてくださるので。

やっと3回目で下地ができつつあって、
これからという気がします。

ところで、診察で一応抗うつ剤をだしてもらいました。
前回のひどい落ち込み方がちょっとこわいので。
でも、こういう薬は風邪薬のような使い方ではなく、
続けてのむものらしいです。
ひとによっては3ヶ月くらい薬をのんで、ゆっくり休めば
うつ病は治ってしまうことも多々あるそうです。

私の場合は、うつになりやすい考え方があるので、
カウンセリング・・・ということだったらしいです。

次回のカウンセリングはまた来週です。







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