先日、パパと子供達をあわせるために、飛行機に乗って
お出かけした。
着替えやらの子供達の荷物一式は、何しろ5日間分なので、
先に宅急便で送っておいた。
そして今日、その荷物を元夫がまた実家に送り返してきた。
荷物をあけると、新しいおもちゃと絵本が入っていた。
きっと元夫が子供達に買ってあげたものだろう。
掃除はしないが、整理整頓は好きだった元夫は、
子供達の服も丁寧にたたんで、
ダンボールの中に
整然といろんなものをつめて送ってきた。
きっと、荷物をダンボールに詰めながら、
子供達と一緒に過ごした楽しい時間や、
一人でいる孤独感、
離れているからこそ募る子供達への思い・・等々で
一杯だったんだろうな、と思った。
ダンボールのなかに、そんな思いまではいっているような
気がした。
子供達とパパは丸二日間ずっと三人一緒だった。
仕事は一切なし、ひたすら子供達と過ごすために作った二日間。
遠く離れているので、半年に一回くらいのペースでしか
あわせてあげられないが、一緒の時間は、純粋に子供のための
濃厚な時間。
一緒に住んでいた頃、一日一分だって子供にちゃんと心を向けられない日も
あったりした。
逆に子供達をうるさがることもあった。
特に元夫は、仕事で大変なことの連続だったということもある。
だから、ちゃんと気持ちを子供達にむけて一緒に過ごすという時間が
できてよかったと思っている。半年に数日だとしても。
一緒にいても、半年なんてあっという間。
確かに、すぐ側にいるというのは大切だし、
自分を取り巻く空気にパパの存在があるというのは
きっと、記憶とかじゃなくてもっと深く影響を
与えるものだと思う。
だけど、ずっと一緒にいても、こんな和やかな時間は
なかったのではないかと思う。
むしろ、子供達には見せたくないものばかり
見せることになったと。
離婚するときにお互い争いあって、大変な思いをして
わかれる夫婦もいるが、私の場合は、話し合って
納得してわかれた。
いろんなことがあったとはいえ5年も一緒にいた人、
そして子供達のパパであることは変わりない。
一緒にいて、あまり頼りにできなかったがゆえに、
自分が鍛えられたという一面もある。
そして、元夫も感情的な面もあったが、基本的には
いいひとだった。
離婚話をするときには、相手への怒りなどは通り越していた。
変な言い方だけど、今の自分にできることは精一杯やった。
けど、だめだった。
というような、あきらめのような、とにかく終わったんだという気持ち。
だから、きれいごとといわれるかもしれないが、
今までありがとうと言って最後に握手して別れた。
そして、これから離れていても子供達のパパとママとして
育てる気持ちは同じだった。
今回元夫とも、近況や子供達のことなど、いろんな話をした。
友人としてなら、いい距離を保っていられるし、
お互いに相手を尊敬していられる。
やっぱり、自分達にも、子供達にもこれでよかったんだと思った。
お互いにあまりに違いすぎるので、ひとつの箱には収まりきらない
だから、箱が壊れてしまう・・・という相性だったんだなと
改めて思った。
こういうことを言うと、子供がかわいそう!子供がいるのに甘い!
とすごいお叱りの意見をうけることもある。
でも、そうだろうか?
無理やり一緒にいて、全然幸せそうじゃなくて、生きることは
あきらめること、みたいな姿を子供にみせることになっても
ひとつの家族にこだわるべきなのか?
あの時の私は、こころから幸せとは思えなかった。
うまく切り替えて、感謝や幸せを感じたり、
そういう気持ちで日々を過ごすことはできなくなっていた。
私は、表面上をどんなにとりつくろっても、
子供のまっすぐでピュアな心には、その背後にあるものが
必ず伝わると思っている。
私がそうだったから。
子供達はいわゆる普通ではない家庭で育つことになる。
パパと会う時間が楽しいほど、さびしい思いもすることになる。
いつか、子供達の不満や我慢が爆発するときもあるかもしれない。
そのときは、親として、人として全身全霊で受け止めるつもりでいる。
そのためにも、自分で選んだことに誇りと責任をもって
しっかり生きていたいと思った。
・・・ちょっとシリアスすぎかな?